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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)236号 判決

東京都千代田区丸の内2丁目2番3号

原告

三菱電機株式会社

同代表者代表取締役

北岡隆

同訴訟代理人弁理士

高田守

竹中岑生

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

高島章

同指定代理人

田村敏朗

二宮千久

吉野日出夫

奥村寿一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成2年審判第10472号事件について平成4年9月30日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「数値制御装置」とする発明(以下「本願発明」という。)について、昭和57年4月22日、特許出願をした(昭和57年特許願第67861号)ところ、拒絶査定を受けたので、平成2年6月28日、審判を請求をした。特許庁は、この請求を平成2年審判第10472号事件として審理した結果、平成4年9月30日、上記請求は成り立たない、とする審決をし、この審決書謄本を、平成4年11月16日、原告に送達した。

2  本願発明の要旨

「複数の異なる加工情報をそれぞれに異なる色の画像情報として記憶する複数のビデオメモリと、このビデオメモリに対してそれぞれ別個に情報の書込み及び消去を行う書込消去回路と、上記各ビデオメモリに記憶された画像情報を表示するカラーグラフィックディスプレイと、このカラーグラフィックディスプレイに対するビデオメモリからの画像情報出力を制御する出力制御手段とからなり、上記書込消去回路はカラーグラフィックディスプレイに対する画像情報出力が出力制御手段により中断された場合においても、それ以後の上記ビデオメモリの画像情報を書込み更新させ続けると共に、上記出力制御手段はその中断を解除して、再び上記ビデオメモリからの画像情報出力を再開させるようにしたことを特徴とする数値制御装置」(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  昭和56年特許出願公開第107834号公報(以下「引用例1」といい、引用例1に記載の発明を「引用発明1」という。)には、以下の技術的事項が記載されている(別紙図面2参照)。

(イ)センサまたは計算機の指令による加工状態、NCテープと計算機の指令との比較による被加工物の加工進行状態、NCテープの自動作成状態等の各種状態のうち、任意の1つまたは複数を同時に監視表示し得る放電加工用の数値制御装置を提供することを目的とすること(2頁右下欄9行ないし14行)

(ロ)表示すべき前記各種状態に対応して、ブラウン管デイスプレイ(22d)に表示される画像情報を記憶するキヤラクタ用及びグラフイツク用の複数のビデオメモリ(22c)が設けられ、それは必要に応じて何画面でも増設可能であり、各ビデオメモリに対する書込みおよび消去はマイクロプロセツサ(22a)によって制御され、さらに切換えスイツチの切換え操作によりそのうちの任意の1画面または複数画面を同時にブラウン管に表示することができること(3頁左上欄14行ないし右上欄9行)

(ハ)切換えスイツチの切換え操作により、加工状態の監視表示に代えて、被加工物の加工進行状態あるいはNCテープの自動作成状態を表示することができること(3頁左下欄14行ないし19行)

(ニ)2つ以上の加工状態を同時に表示する場合には、それぞれの加工状態の内容に対応した複数のビデオメモリの画面を同時に読み出すこと(3頁右上欄11行ないし左下欄13行)

(ホ)被加工物の加工進行状態を確認表示するには、まず、NCテープによる加工予定軌跡をビデオメモリの1つに最も低いレベルの輝度で記憶させ、そして実際の加工進行状態に応じて、加工ずみ軌跡を1レベル以上輝度を上げ、現在加工中の点を点滅させて、重ね合わせてブラウン管上に表示すること(4頁右上欄12行ないし左下欄12行)

そして、他の表示を中断して任意に加工進行状態の表示に切り換えることができる旨の前記(ハ)の記載からすると、加工進行状態の表示、表示中断、表示再開が任意にできるということであるから、このとき、表示の有無にかかわらず実際の加工の進行に応じてその状態情報、特に、加工ずみ軌跡のように加工当初からの履歴を伴う状態情報について、その軌跡が途切れないように、ビデオメモリに書込み更新させ続けるようにしていることは明らかである。

なお、1画面分のビデオメモリを複数備えて、各ビデオメモリに記憶される画像情報の更新を任意独立に行う表示技術は周知(例えば、昭和54年特許出願公開第17634号公報、昭和56年特許出願公開第31154号公報、昭和56年特許出願公開第64387号公報、昭和56年特許出願公開第91284号公報)である。

また、同時に表示する2つ以上の加工状態に対応する複数のビデオメモリの画面を同時に読み出す旨の前記(ニ)の記載からすると、加工進行状態に関する加工予定軌跡、加工ずみ軌跡、現在加工中の点からなる3つの状態情報を重ね合せて表示する前記(ホ)の記載事項における状態情報の記憶手段として、該3つの状態情報に対応して別個に書込み消去を行なう複数のビデオメモリが設けられていることは明らかである。従って、加工進行状態に関する前記複数の状態情報は、複数の異なる加工情報というべきものであり、前記(ホ)の如くそれぞれ異なる輝度形態の表示態様をもつ画像情報として、複数のビデオメモリに記憶されるものである。

よって、前記記載を総合すると、結局、引用発明1は以下のとおりのものである。

「複数の異なる加工情報をそれぞれ異なる輝度形態の画像情報として記憶する複数のビデオメモリ(22c)と、このビデオメモリに対してそれぞれ別個に情報の書込み及び消去を行うマイクロプロセツサ(22a)による書込消去制御手段と、上記各ビデオメモリに記憶された画像情報を表示するグラフイツクデイスプレイ(22d)と、このグラフイツクデイスプレイに対するビデオメモリからの画像情報出力を制御する切換えスイツチ手段とからなり、上記書込消去制御手段はグラフイツクデイスプレイに対する画像情報出力が切換えスイツチ手段により中断された場合においても、それ以後の上記ビデオメモリの画像情報を書込み更新させ続けると共に、上記切換えスイツチ手段はその中断を解除して、再び上記ビデオメモリからの画像情報出力を再開させるようにしたことを特徴とする数値制御装置」また、「MACHINE DESIGN」、Vol.53、No.27、Nov.26、1981年発行、p・54~56(以下「引用例2」といい、引用例2に記載の発明を「引用発明2」という。)には、以下の技術的事項が記載されている。

「複数の異なる加工情報をそれぞれ異なる色で表示することで、加工情報の識別を容易にした数値制御装置」

(3)  本願発明と引用発明1を対比すると、引用発明1における「マイクロプロセツサ(22a)による書込消去制御手段」及び「切換えスイツチ手段」は、それぞれ本願発明における「書込制御回路」及び「出力制御手段」に相当するから、両者は、以下の点で相違するほかは一致する。

表示される複数の加工情報をそれぞれ異なる表示態様によって識別するために、加工情報に対応する画像情報として、本願発明は異なる色の画像情報をもってするのに対して、引用発明1は、異なる輝度形態の画像情報をもってする点において相違する。

(4)  相違点についてみると、引用発明1は、複数の異なる加工情報を識別しているが、加工情報を識別する手段として異なる色をもってすることは引用発明2にあり、複数の加工情報の表示態様として、引用発明1の異なる輝度表示に代えて、引用発明2の異なる色表示を採用することは、当業者が容易になし得るものと認められる。

(5)  したがって、本願発明は、引用発明1及び2に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法29条2項により特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

審決の理由の要点(1)は認める。同(2)のうち、引用発明1の書込消去制御手段がグラフイツクデイスプレイに対する画像情報出力、すなわち画像表示が切換えスイツチ手段により中断された場合においても、それ以後の画像情報を、該表示の中断されたビデオメモリに書込み更新させ続ける構成を具備するとした認定は争うが、その余は認める。同(3)の一致点の認定のうち、引用発明1の上記構成の点においても本願発明と一致するとした点は争うが、その余及び相違点の認定はいずれも認める。同(4)は認める。同(5)は争う。審決は、前記のとおり、引用例1に開示された技術的事項の把握を誤り、本願発明と引用発明1との一致点を誤認して相違点を看過したものであるから、違法であり、取消しを免れない。

審決は、引用発明1について、前記(ハ)の記載に基づき、「加工進行状態の表示、表示中断、表示再開が任意にできるということであるから、このとき、表示の有無にかかわらず実際の加工の進行に応じてその状態情報、特に、加工ずみ軌跡のように加工当初からの履歴を伴う状態情報について、その軌跡が途切れないように、ビデオメモリに書込み更新させ続けるようにしていることは明らかである」と認定しているが、かかる認定は、以下に述べるように誤りである。

すなわち、引用例1には、特許請求の範囲に「加工状態、被加工物の加工進行状態・NCテープの自動作成状態等のうち任意の1つまたは複数をブラウン管デイスプレイ装置上に表示するための切り換え手段を備える」と記載され、また、その詳細な説明には「ビデオメモリ22cは1画面がキヤラクタデイスプレイの場合、例えば80文字×25行、グラフイツクデイスプレイの場合、例えば1024点×1024点といったマトリクスに対応したアドレスをもち、かつその輝度レベルを例えば4レベルならば2ビットを1ワードとした容量のメモリで構成されている。これは必要に応じて何画面でも増設することが可能であり、そのうちの任意の1画面または複数画面を同時にブラウン管22d上に表示することができる。このため不図示の切換えスイツチが設けられる。」(甲第2号証3頁左上欄19行ないし右上欄9行)、「不図示の切換えスイツチの切換え操作により、NCテープと計算機10dの指令との比較による被加工物14gの加工進行状態あるいはNCテープの自動作成状態等のうち任意の1つまたは複数を、前記加工状態に代えて同様に表示することができる。」(前同頁左下欄14行ないし19行)とそれぞれ記載されているように、切換えスイツチを切り換えることによりビデオメモリに書き込まれた画面のうちの任意の1画面または複数画面を同時にブラウン管上に表示する構成について一応記載されているものの、ビデオメモリに書き込まれる情報を更新させ続ける構成については一切記載されていないし、それを示唆する記載すらない。

被告は、後記のとおり、引用例1の各記載を援用し、引用発明1の目的、効果等からみて、同発明には、各種の状態情報をビデオメモリにもれなく書込み更新する構成が開示されていると主張するが、加工当初からの履歴を伴う状態情報を、元データの形でコンピュータのメモリに保存しておけば、中断された状態表示を再開させても表示の中断期間における軌跡が途切れることはないのであるから、引用例1の前記各記載から、被告主張の構成が一義的に導かれるものではない。

そして、数値制御装置その他において、グラフィックディスプレイを用いて、ビデオメモリに書き込まれた画面のうち任意の1画面又は複数画面を同時にグラフィックディスプレイ上に表示させる場合には、レイアウトを決めてマルチウインド方式で表示するか、ビデオメモリに書き込むとともにそれを重畳して出力して表示するかするもので、いずれのものも表示させない場合には、ビデオメモリに書込み更新させ続けるようなことは考えられない。表示のためのビデオメモリに対する書込みは表示に必要な限度で行われるものであり、表示させないものまでビデオメモリに書込み更新させることはない。

以上のように、引用例1においては、複雑な演算処理を必要とすることなく、表示の有無にかかわらず加工ずみ軌跡を的確に表示するという本願発明の課題を認識していなため、同引用例には、「グラフイツクデイスプレイに対する画像情報出力が中断された場合においても、それ以後のビデオメモリの画像情報を書込み更新させ続ける」構成は記載されていないし、示唆もないのであるから、審決の引用発明1に関する上記認定は誤りであり、この構成においても本願発明と一致するとした審決の判断は一致点を誤認し、ひいては相違点を看過したものであって、違法であるから取消しを免れない。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

請求の原因1ないし3は認めるが、同4は争う。審決の認定判断は正当である。

原告は、引用発明1には、加工の進行に応じた状態情報、特に、加工ずみ軌跡のような加工当初からの履歴を伴う状態情報について、継続してビデオメモリに書込み更新する構成は開示されていないと主張するが、この主張は以下に述べるとおり失当である。

引用例1には、加工状態のビデオメモリへの書込み手段に関して、「不図示のセンサまたは計算機10dが指令する2つ以上の機械本体部14の加工状態または直接表示メータ(不図示)から得られる機械本体部14の加工状態は次のようにして同時に監視する。すなわち、計算機10dが指令する値は適当な周期で順次的に読み出してビデオメモリ22cの1つに書き込む。」(3頁右上欄11ないし17行)とあり、表示の制御に関し、「ビデオメモリ22cの内容を読み出し、2つ以上の加工状態を同時にブラウン管22d上に表示させて比較しながら確認することができる。上記の場合、ビデオメモリ22cの各アドレスに対応した値のうち最も輝度レベルの高いものをそのアドレスの値として表示する。」(前同頁左下欄1行ないし7行)、「この3画面を同時に読み出す」(前同欄11行)、「不図示の切換えスイツチの切換え操作により、NCテープと計算機10dの指令との比較による被加工物14gの加工進行状態あるいはNCテープの自動作成状態等のうちの任意の1つまたは複数を、前記加工状態に代えて同様に表示することができる。」(前同欄14行ないし19行)、「実際の加工に際しては上記の加工予定軌跡上を1レベル以上輝度を上げて、加工進行状態に応じて重ね合せてブラウン管22d上に表示する。第6図、第7図において点線示が加工予定軌跡、実線示が加工ずみ軌跡である。また、現在加工中の点a・bを点滅させてその加工点の確認をより一層はっきりとさせることができる。」(4頁左下欄2行ないし8行)と記載されている。

以上の各記載からすれば、ビデオメモリは複数の画面を備えていることは明らかであり、このことと、書込み手段に関する「加工状態を適当な周期で順次的に読出してビデオメモリに書込む」との記載とを考え合わせると、書込み手段は、各種状態情報をビデオメモリの対応する画面に適当な周期で順次的に書き込むことにより、各種状態情報をビデオメモリの対応する画面にそれぞれ書込み保持できる構成のものである。

また、加工ずみ軌跡は、加工状態を表す値に基づいて作成される軌跡であるから、書込み手段は、加工状態を表す値と同様に、加工ずみ軌跡を表す状態情報をビデオメモリの対応する画面に適当な周期で順次的に書込み保存しているものである。

次に、引用例1には、発明の目的に関して、「その目的はセンサまたは計算機の指令による加工状態、NCテープと計算機の指令との比較による被加工物の加工進行状態、NCテープの自動作成状態等の各種状態のうち、任意の1つまたは複数を同時に監視し得る放電加工装置を提供することにある。」(2頁右下欄9行ないし14行)と、発明の効果に関し、「本発明はブラウン管デイスプレイ装置に、加工状態・被加工物の加工進行状態・NCテープの自動作成状態等の各種状態のうち任意の1つまたは複数をスイツチの切換えによって表示するものであるから、各種の加工状態の確認が容易である。」(3頁右下欄3行ないし8行)と記載されている。

上記の発明の目的、効果及び3頁右上欄14行ないし19行の記載からみて、引用発明1は、ブラウン管ディスプレイ装置における表示の任意の切換え操作があっても、表示に何らの不都合を生じることなく、各種状態の確認を行うことができるという作用効果を奏する構成、すなわち、各種状態情報をもれなく収集し、かつ、保存し、さらに、各種状態のうち任意のものを切り換えて表示できるという構成を具備するものである。そうすると、上記構成が、ブラウン管への表示の切換え操作自体を行う切換えスイッチ手段と、表示の任意の切換え操作があっても、各種状態情報をビデオメモリに漏れなく書き込み、かつ保存する書込み手段とからなる構成であることは明らかである。

仮に、引用発明1における上記の書込み手段が、表示の切換え操作によりある1つの状態表示が中断されると、中断された表示に対応する状態情報のビデオメモリへの書込みが中止されるものと仮定すると、まず、各種の状態情報の順次的な書込みはビデオメモリに行われるものであることは明らかであるから、中断期間に生じた上記状態情報は保存されることなく失われてしまい、その後、中断された上記状態表示が再開されると、中断期間の状態情報が欠落したままのビデオメモリに基づいて表示がなされるため、その間の状態を確認できないという引用発明1の前記目的、効果に反する不都合が生じてしまう結果となる。これでは、加工中の加工状態情報のうち、特に、加工ずみ軌跡のように、加工当初からの履歴を伴う状態情報について、表示の中断期間における軌跡が途切れることになり、発明自体が意味をなさないものになるから、上記のような構成を採ることはないというべきである。

したがって、引用発明1の書込み手段は、各種状態情報をそれぞれ、かつ、もれなく保存するために、該書込み手段が、表示の任意の切換え操作があっても、各種状態情報について、ビデオメモリの対応する画面に書込み更新させる構成を具備することは明らかであるから、審決の引用発明1の認定に誤りはなく、これを前提とする一致点の認定も正当である。

第4  証拠

証拠関係は書証目録記載のとおりである。

理由

1  請求の原因1ないし3は当事者間に争いがない。

2  成立に争いのない甲第4号証(当初明細書及び図面)及び同第7号証(平成4年8月7日付け手続補正書、以下「本願明細書」という。)によれば、本願発明の概要は、以下のとおりである。

本願発明は、数値制御装置(以下「NC装置」という。)の改良に関するものである。NC装置は、被加工物に対する工具の位置を数値情報で指令制御して被加工物の加工を行うものであるから、複雑な形状の加工を容易かつ高精度に行うことができるところ、工具の現在位置、工具の加工軌跡、被加工物の仕上形状等の加工情報をディスプレイ上に表示して、加工プログラムのチェック及び加工状態の監視を行う必要がある。しかし、本願発明者は、従来のNC装置のカラーグラフィックディスプレイには、表示情報を一時的に消去したり、任意に再開することができないという欠点があるとの技術認識に立ち、上記の欠点の解決を課題として、カラーグラフィックディスプレイ上の画像表示を一時的に消去したり、あるいは他の表示に切り換えた場合でも、消去あるいは切り換えられていた時間の画像更新が継続されており、再びカラーグラフィックディスプレイを上記の画像表示に戻すと、消去あるいは切換えを行わない場合の画像表示と同一の画像表示を可能としたNC装置の提供を目的として(5頁15行ないし6頁8行)、特許請求の範囲記載の構成を採択したものである(6頁9行ないし7頁4行)。本願発明は上記構成を採択した結果、複数のビデオメモリにそれぞれ別個に記憶された画像情報のカラーグラフィックディスプレイへの表示を出力制御手段によって一時的に中断しても、その画像情報は、書込消去回路によってビデオメモリで更新され続けているから、出力制御手段による中断が解除されれば、一時中断中の画像が消滅することなく、瞬時に連続した画像をカラーグラフィックディスプレイ上に表示させることができるという作用効果を奏するものである(9頁18行ないし10頁10行)。

3  取消事由について

引用発明1の書込消去制御手段がグラフィックディスプレイに対する画像情報出力、すなわち画像表示が切換えスイッチ手段により中断された場合においても、それ以後の画像情報を、該表示の中断されたビデオメモリに書込み更新させ続ける構成を具備するとし、この構成においても引用発明1は本願発明と一致するとした点以外の一致点の認定並びに審決摘示の相違点の存在及び相違点に対する判断は当事者間に争いがない。

そこで、上記の一致点の認定の当否について、以下、検討する。

まず、引用発明1について検討すると、成立に争いのない甲第2号証(引用発明の特許出願公開公報)によれば、以下の事実を認めることができる。すなわち、引用発明1は、計算機によって制御される放電加工装置に関する発明である。従来のこの種の放電加工装置においては、〈1〉加工中にシステムタイプライタ部を使用してNCテープを自動作成する際の途中経過の表示機構としてはプリンタしか与えられていないため、文字や行の消去及び再書込みをする場合に見にくく、複雑な編集作業は行われていなかったこと、〈2〉作成したNC言語をチェックするため、プリンタ上で図形を描かせる場合に、プリンタ駆動部の誤差によって、図形が歪むことがあり、また、3次元的な加工形状を含む場合にも2次元的に表現されるため、図形の理解に熟練を要すること、〈3〉システムタイプライタ部と計算機部が離れているため、NCテープ作成中、テーブルの現在位置、速度等の加工状態を知るためには、その都度、計算機部の設定表示ボードを見に行く必要があり、NCテープの円滑な作成が妨げられること、〈4〉計算機で指令するテーブルの現在位置、送り速度、オフセット値等は設定表示ボードの表示器にスイツチを切り換えて表示するようになっているため、同時に2つ以上の情報を比較してみることができないこと、等の課題を有していた点を克服するためになされたものであり、センサ又は計算機の指令による加工状態、NCテープと計算機の指令との比較による被加工物の加工進行状態、NCテープの自動作成状態等の各種状態のうちの任意の1つ又は複数を同時に監視し得る放電加工装置を提供することを目的としたものである(2頁左上欄19行ないし右下欄14行)。引用発明1は、上記の目的を達成するために、計算機により時分割的に制御されるブラウン管デイスプレイ装置及び加工状態・被加工物の加工進行状態・NCテープの自動作成状態等のうちの任意の1つ又は複数を前記デイスプレイ装置上に表示するための切換えスイツチを具備したことを特徴としている(2頁右下欄15行ないし3頁左上欄4行)。そして、その実施例に関して、構成につき、「ビデオメモリ22cは1画面がキヤラクタデイスプレイの場合、例えば80文字×25行、グラフイツクデイスプレイの場合、例えば1024点×1024点といつたマトリクスに対応したアドレスをもち、かつその輝度レベルを例えば4レベルならば2ビツトを1ワードとした容量のメモリで構成されている。これは必要に応じて何画面でも増設することが可能であり、そのうちの任意の1画面または複数画面を同時にブラウン管22d上に表示することができる。このため不図示の切換えスイツチが設けられる。」(3頁左上欄19行ないし右上欄9行)との、作用につき、「計算機10dが指令する値は適当な周期で順次的に読み出してビデオメモリ22cの1つに書き込む。また、直接メータから読み取る値はメータに加わるアナログ信号をA/D変換してデイジタル化し、直接ビデオメモリ22cに書き込む。次いでマイクロプロセツサ22aが計算機10dの命令に従つてビデオメモリ22cの内容を読み出し、2つ以上の加工状態を同時にブラウン管22d上に表示させて比較しながら確認することができる。」(3頁右上欄15行ないし左下欄4行)との、効果につき、「本発明はブラウン管デイスプレイ装置に、加工状態・被加工物の加工進行状態・NCテープの自動作成状態等の各種状態のうち任意の1つまたは複数をスイツチの切換えのよつて表示するものであるから、各種の加工状態の確認が容易である。」(3頁右下欄3行ないし8行)、また、加工中の被加工物の形状の確認につき、「まず、作成したNCテープを加工を始める前にテープリーダ10aにセツトし、そのNCテープの情報を読出し、加工予定軌跡として第4図に示した2次元または上述の方法で第5図に示した3次元的にビデオメモリ22cの1つに記憶させる。この場合ビデオメモリ22cは1点につき2ビツト以上の容量を持つたものを使用し、最も低いレベルの輝度で記憶させる。そして実際の加工に際しては上記の加工予定軌跡上を1レベル以上輝度を上げて、加工進行状態に応じて重ね合せてブラウン管22d上に表示する。第6図、第7図において点線示が加工予定軌跡、実線示が加工ずみ軌跡である。また、現在加工中の点a・bを点滅させてその加工点の確認をより一層はつきりとさせることができる。さらに、被加工状態をはつきりさせるために、表示画面の空白にその時点までの加工時間、残りの加工予定時間、加工軌跡の距離等を表示させることができる。」(4頁右上欄13行ないし左下欄12行)との、各記載を認めることができる。

以上認定の事実によれば、引用発明1においては、加工状態、被加工物の加工進行状態及びNCテープの自動作成状態等の各種状態情報のうち任意の1つまたは複数をスイツチの切換えのよって表示するものであることからすると、前記第6図及び第7図に示された加工ずみ軌跡、すなわち前記の被加工物の加工進行状態に関する情報のビデオメモリへの記録中においても、前記の切換えスイツチによる表示の切換えが行われたであろうことは容易に推認することが可能であり、このことからすると、前記の被加工物の加工進行状態に関する情報はその表示が中断されている間においても、対応するビデオメモリに記録更新され続けたものであることは明らかというべきである。

原告は、この点について、表示のためのビデオメモリへの書込みは表示に必要な限度で行われることからすると、審決が、引用発明1について「表示の有無にかかわらず実際の加工の進行に応じてその状態情報、特に、加工ずみ軌跡のように加工当初からの履歴を伴う状態情報について、その軌跡が途切れないように、ビデオメモリに書込み更新させ続けるようにしている」と認定したことは誤りであると主張するが、例えば、前記の被加工物の加工進行情報についてみると、この種の情報は、被加工物の加工ずみ軌跡を表す情報であるから、そのビデオメモリへの記録が該情報をデイスプレイ画面上に表示していない間記録されていないとすれば、加工ずみ軌跡の一部が欠落することとなり、このような一部を欠落した加工ずみ軌跡の情報価値は大幅に低下するであろうことは多言を要しないところというべきであり、この種の状態情報についてはこれに対応するビデオメモリに情報の記録を更新し続けることへの高度の要請があることは明らかである。したがって、ビデオメモリへこの種の状態情報の更新を継続することに格別困難な技術的障害があるなどの上記の更新を継続せしめる構成を採用することを困難ならしめる特段の事情がない限り、記録の更新を可能とする構成が採られているものと推認するのが相当というべきであり、かかる推認は、各種状態情報に対応する複数個のビデオメモリを設けた趣旨にも合致するところというべきである。そして、ビデオメモリへの記録更新の技術的困難性についてみると、本出願前において、1画面分のビデオメモリを複数備え、各ビデオメモリに記憶される画像情報の更新を任意独立に行う表示技術が周知であったことは当事者間に争いがないことからすると、前記のようなビデオメモリへの更新の継続を可能とする構成の採択に格別の困難性があったものとは到底認められないところである。してみると、技術的観点及び情報内容の必要性の観点のいずれからみても、引用発明1においては、表示のためのビデオメモリへの書込みは表示に必要な限度で行われるとの原告主張が妥当しないことは明らかというべきであるから、この点に関する原告主張は採用できない。なお、原告は、表示の切換えの際に、従前の状態情報をコンピュータのメインメモリに保存するという別の構成も可能であるから、ビデオメモリに記録更新するという構成に限定されるものではないと主張する。しかしながら、前記認定のように、ビデオメモリに情報を更新し続ける構成は、前記の周知技術に基づいて当業者が容易に採用可能な構成であることからすると、原告主張の上記の構成を採用した旨の明示的な記載のない引用例1において、あえて技術的に煩瑣な方法である上記の構成(この点は、原告も自認するところである。)を採用したものと推認することは困難というべきであるから、原告のこの主張も採用できない。

もっとも、本願明細書には、この点について、本願発明の従来技術に関し、「次に、従来のNC装置による工具の現在位置及び工具の加工軌跡の表示法を詳細に説明する。加工中に書込消去回路14は、ビデオメモリ16R、16G、16Bに対して加工情報102の書込み及び消去を行い、このときビデオメモリ16Rに対しては工具の現在位置の書込み及び消去を行い、ビデオメモリ16Gに対しては工具の加工軌跡の書込み及び消去を行い、ビデオメモリ16Bに対しては被加工物の仕上形状の書込み及び消去を行う。そして、これらのビデオメモリ16R、16G、16Bからの色の画像情報104R、104G、104Bに基づいて、カラーグラフィックディスプレイ20には前記3種類の表示から選択されたいずれか1個の表示がなされる。ところで、このカラーグラフィックディスプレイ20を加工情報102としての工具の現在位置、工具の加工軌跡あるいは被加工物の仕上形状に切り換えたり、または表示を画面上から消去する場合は書込消去回路14からの消去信号によって、ビデオメモリ16R、16G、16Bの内容を消去していた。そのため表示を再び戻して続行させようとすることはできず、改めて最初からやり直さなければならなかった。すなわち、従来のNC装置においてはカラーグラフィックディスプレイから表示情報を一時的に消去したり、任意に再開したりすることができないという欠点があった。」(4頁11行ないし5頁18行)との記載が認められるところであり、この記載によれば、本願発明者は、従来技術に関し、ディスプレイ上の表示を他の状態情報に切り換えたり、表示を消した場合には、消去信号によって各ビデオメモリの内容を消去していたとの認識を有していたことは明らかであるが、本願明細書を精査しても、ディスプレイの表示の切換時等において、前記の各ビデオメモリへの記録がいかなる技術的理由ないしは必要性に基づいて消去信号によって消去され、また、前記の切換時等において、各ビデオメモリに各種状態情報を更新し続ける場合の技術的障害ないしは困難性がいかなる点に存したのかを窺うに足りる記載を見いだすことはできないばかりか、かえって、本出願前周知の技術に基づけば、格別の技術的困難性が存したものとはいえないことは前記認定のとおりである。

してみると、例えば、被加工物の加工ずみ軌跡に関する情報にあってはその部分的欠落が好ましくないことは前述したとおりである以上、本願明細書に記載の前記の従来技術に関する記載部分をもって、「表示のためのビデオメモリへの書込みは表示に必要な限度で行われるにすぎない」とする原告の前記主張の根拠とするにはその理由が薄弱といわざる得ず、他に原告の上記主張を認めるに足りる証拠を見いだすことができない。

以上の次第であるから、引用例1には、同発明1において、デイスプレイ上の表示の切換え等があった場合にも、各種状態情報に対応する各ビデオメモリへの記録の更新が続けられる構成が開示されていることは明らかであるから、この点に関する審決の認定に誤りはなく、かかる認定を前提とする本願発明と引用発明1との一致点の認定にも誤りはないというべきである。

したがって、取消事由は採用できず、審決に原告主張の違法はない。

4  よって、本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 田中信義)

別紙図面1

〈省略〉

別紙図面2

〈省略〉

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